ライフプラン研究会 創設準備室および受講者募集

ライフキャリア           自己紹介は、登録者サイトにあります。お問合せ下さい。
50歳になり、ふと人生を振り返るとむなしさを感じました。やりたい事、興味ある仕事や趣味を活かせる
仕事をしたかった。
そんな時、キャリアコンサルティングの資格講座がはじまり、受講しました。キャリアの棚卸し、キャリア
コンサルティング理論や実践を通して、これからの人生をどう生きるか考える機会を得ました。


ライフプラン、キャリアプランを合わせて、ライフキャリアプランをデザインしました。
50歳になり、キャリアコンサルティング資格に挑戦、インターネットドットコムマスター試験に挑戦し、
リストラ希望退職を考え、2000年に総務省国民みんなが電子メールやホームページ閲覧ができるための
インターネット講座やインターネット設定サービスの委託事業登録(個人事業主)をしました。
(現職が忙しく結局できませんでした)、その後は、東京都板橋区で、土日で、パソコン利用のボラン
ティア、その仲間とNPO法人設立しましたが、方針が違い退きました。家庭の事情、川口市に引っ越し、
川口市で始まった図書館主導パソコンボランティアン講座の講師を始めました。
(この時代は、バブル崩壊で、リストラ希望退職が他社では、多かった)
時は流れ、キャリアコンサルタントの勉強会仲間と、NPO法人設立しました。
私は、その時、丁度、50歳でした。自分のライフキャリアプランを定年までの10年どうするか検討を始
め、定年後の地域デビューや新たな仕事に挑戦するため、今何をすべきか議論しました。
NPO法人メンバーは、定年後、定年前の人達です。すでに16年経過し、後期高齢者の方、退会された方
お世話になった方々に感謝です。
スキルアップ、リカレントには、お金もかかります。そのためには、助成金を利用する、家族と相談し、
資金を確保する。など資金確保が必要です。

キャリアの棚卸から自分のスキル、やりたかった仕事を再検討しました。当時、技術者採用で、全国の
高校や大学を訪問していた時、社会人大学院入学があることを知りました。研究・開発・技術を10年以
上経験し、研究・開発・技術の成果報告をまとめ、入学資格認定を受け、社会人選考に通れば、入学で
きるので、さっそく技術報告書や開発報告書をまとめ、一覧表を作りました。資料は、社外秘が多く、
今までの業績一覧を時系列でまとめ、技術要旨を作成しました。これだけでも相当な枚数になりました。
一からまとめるだけで、挫折してしまうので、ライフプランとして、ロードマップを作り、数年かけ、
まとめました。そして、53歳の時に社会人大学院に挑戦し、54歳の10月に入学をはたしました。
その時に会社を辞めるか迷いましたが、指導の先生と相談し、集中講義の時は、有休を使い、普段の研
究指導は、土日を利用すれば、何とかできるのではと・・・

ただ、研究テーマは、自分で提案し、自宅で進めることが条件になると言われました。
振り返ると結構な労力を課せられました。ここでも研究仲間が必要と振り返ります。
相談できる担当先生以外に、協力していただける研究仲間を見つけることも大事でした。
博士(工学)を取得したのは、それから3年半かかり、57歳で取得。結構大変でした。その後、会社を
辞め大学へと考えましたが、定年まで、会社勤めをし、60歳の3月で辞め、セカンドキャリアをスタート

定年前に東京都が行っているシニア中小企業サポート人材(東京都しごと財団)を受講し、セカンドキ
ャリアの準備をしました。そして、定年・・

個人事業主税務署登録し、大学非常勤講師や中小企業経営サポート、キャリアコンサルタント、パソコ
ン設定等を収益の柱にしました。空いている時間で、ボランティアを行っています。
東京都が行っているライフプランアドバイザー講座は、定年後受講しました。
それから6年が経過、現在も仕事優先に活動、継続中です。(2020年3月作成)

あなたのセカンドライフを考えます。
一緒にライフプラン研究会しませんか

私が技術者になりたい原点
高校1年になった夏休みに行った万博を見て、技術者や科学者になりたいと思った・・
私は、50歳まで多忙(バブル期、生産のため残業三昧、また、バブル崩壊期も新規事業立上げに参加で多忙)
たくさんの仕事、子育て中、現実に行動を始めたのは、50歳を過ぎてから・・・
OFFJTでは、30歳頃から会社支援の通信教育制度を利用した宅建、社労士、中小企業診断士、FPを受講しまし
た。また、技術者としては、個人で技術士、博士の取得も考えた。そして、取得準備を開始しまた。私が取得
したのは博士、キャリアコンサルタントでした。

略歴